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瀬戸内海各地史跡マップ

山口ブロック

※MAPの各市町村をクリックするとホームページが表示されます。

山口ブロック

史跡紹介

   
寿永四年(1185)西へと追われた平家一門は、ここ壇之浦で最後の決戦を源氏勢に挑みましたが、海峡の潮流を味方につけた源氏方が勝利をおさめ、ここに 平家は滅亡しました。 JR下関駅からバス15分 みもすそ川下車徒歩1分。   この燈台は、三田尻の宗像(むなかた)久三郎外39名の拠金をもって文久(ぶんきゅう)3年(1863)正月に建設され、海上交通の安全に寄与してきました。 JR防府駅発小田港行バスにて、港橋下車。
  村上武吉公は天文2年生誕、23歳にして三島海賊衆の総帥となって、弘治元年10月1日の厳島合戦に毛利氏を援けて陶晴賢を全滅させる。現在、元正寺本堂に は武吉公の遺牌が安置されています。 JR山陽本線大畠駅下車→バス内入下車(60分)
   
縄文時代の海岸集落遺跡で、石錘、土錘等の漁具が多く出土し、漁労中心の生活を営んでいたことがわかった。石器の主材の多くは大分県姫島等の九州産で、当時既に海をへだてた地域との交流があったことを示しています。 JR岐波駅徒歩20分。
  岩国藩の御納戸として江戸時代に最も栄えた、白漆喰大壁造りの商家の町並み。海運により栄え、九州・大阪方面まで交易を行う。地区内の「国森家住宅」は、重要文化財に指定されています。 山陽本線柳井駅下車、徒歩10分。

  「上関御番所」は、港の警備・見張りのほか、越荷会所であつかう積み荷の検査や税金の徴収などを行なっていました。最初は四代に置かれていましたが、1771(正徳元)年に上関に移されました。移されてから後は、海上交通の要衝の番所としての機能を果たしました。平成8年に現在の位置(熊毛南高校上関分校グランドの西端)に移築されました。 JR柳井駅発上関行バスにて、上関大橋下車。
   
文政年間、北西の季節風に難渋する船人のために一庄屋が自家私財を傾けて築造したのが旧波止である。爾来久賀浦海運の発展の基となった。現在では付近の開発に飲み込まれつつもひっそりとその遺構を残し、釣客が利用するのみである。 周防久賀駅から車で2分。
  第2次世界大戦末期から終戦までに、回天特別攻撃隊として太平洋各地に出撃し、南の海に散華した隊員の遺徳を忍び、昭和43年に建設された。ここには、遺品等が展示され、回天発射基地跡も当時のまま保存されています。 徳山港よりフェリーで約40分。 TEL.0834-85-2310
  神功皇后が三韓出兵の際に船を寄せられ、この湾で御手を洗われたと言う伝説から「御手洗(みたらい)湾」の名が生まれたと言われ、江戸時代には北前船 の風待港として賑わった。当時の町並みと商家を利用したふるさと郷土館、普賢寺等史跡があります。 JRバス室積駅下車徒歩15分。
     
平生湾に面した標高39mの神花山の山頂部にある5世紀はじめ頃の古墳。全長30m、高さ2.5mの前方後円墳が復元整備されています。内部の石棺から出土した人骨をもとに復顔された古代の女王像が古墳のシンボルとなっています。 山陽自動車道熊毛ICより車で30分。
  磯釣客で賑わう浮島(うかしま)は、周防屋代島より連絡船で15分の離島。 宇賀島海賊として厳島合戦(1555年)で全滅し無人島となった。再び開拓(1681年) を始めたが大蛇・大ねずみの悪獣に恐れおののき、巫女のお告げで神を祀ったのが「江ノ浦明神」現在の「磐尾神社」であります。 土居港発町営渡船にて江浦港下船、徒歩5分。
 

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