瀬戸内海地域全体のさらなる振興と発展を!!

海の路
  • CONTENTS
  • 瀬戸内海で遊ぶ!
  • 瀬戸内海で食べる!
  • 瀬戸内海を知る!
  • 官民連携 海ネットサポーターについて
  • マリーナ・ビジターバース
  • 協議会について
  • LINK
  • SETOUCHI TRIENNALE 2013
  • みなとナビ せとうち
  • 瀬戸内クルージングポータルサイト
  • 瀬戸内沿岸潮位情報
  • みなとオアシス
  • 瀬戸内海の環境データベース
  • 各地の観光情報
  • あなたの町の ハザードマップ
  • 中国地方のクルーズ 中国地方クルーズ振興協議会

HOME > 瀬戸内海を知る! > 瀬戸内海の歴史 > 文化の路としての瀬戸内海(万葉)

瀬戸内海の歴史

多様な産業技術・文化の伝搬(関さば)

 瀬戸内海を介した交易活動の中で、各地域の文化や農漁業を中心とした産業技術が瀬戸内海各地域の間で伝播・拡散し、その後の産業の発展や産地の形成につながった。西瀬戸地域では、次のような事例がみられる。

□「関サバ」の一本釣り漁法は、広島県三原市から山口県沖家室島、さらに大分県佐賀関に伝わり、現在佐賀関が「関サバ」の産地となっている。
□山口県の柳井縞が愛媛に販路を広げ、その技術で生産された八幡浜の五反田縞が大分や宮崎に販路を拡大した。
□愛媛県明浜町の郷土料理「日向めし」は宮崎から伝わった。
□大分県宇佐市は水産加工が盛んで、明治時代には広島、山口、愛媛などに熟練者を送り込んでいた。

多様な産業技術・文化の伝播

<<信仰の路としての瀬戸内海(神社仏閣および金毘羅) 生業・生活に使われた小船の往来>>